仮面ドライバーから始まった数奇な人生 塩坂 壇さん (前職:バス運転士)
ビジネスパーソンとして成果や評価を上げていくためには、何より「経験」が必要といえるだろう。その経験と惜しみなく決別し、これまでとは180度方向を変えたキャリアを歩んだとしたら・・・。そんなギャップ転職を見事に実現した6人の過去と現在を公開する。
1996年に大学の法学部を卒業した塩坂さんは、その後も引き続き4年間大学に通う。聴講生として大学に在籍し、教職課程を履修して挑んだ教員試験だったが、あえなく不採用となってしまう。翌年に再度チャレンジすることを決めたが、それまでの暫定的な仕事として選んだのが市営バスの運転手だった。
2001年、札幌市交通局にバス運転手として就職。二種免許とけん引免許を持っていたことが役に立ったという。「バスの運転手を選んだのは、車の運転が好きなこともありましたけど、それ以上に『市職員』という立場が教員採用に有利になると思ったんですね。実際は関係なかったですけど(笑)」
描いていたキャリアプラン通り、バス運転手になった後も教員採用試験を受け続けたが、翌年もその次も結果が出なかった。そうしているうちに、「とりあえず」と始めたバス運転手の仕事に面白さを感じるようになっていった塩坂さん。運転技術も次第に上達していったという。運転手は客商売と考えていた塩坂さんの仕事ぶりは、『感じの良い運転手』と評判になり、市交通局から『優良ドライバー』として表彰され、充実感を覚えていった。
ところが2004年、予想外の出来事を迎える。それは“つぶれるはずがない”と考えていた市交通局が、まさかの路線閉鎖を断行したことだった。複数のバス路線を民間企業に委譲する結果となり、人員整理を伴う事業縮小を強いられてしまう。塩坂さんは残留のチャンスをもらったが退職を決意。「ここで残ったら、きっと教職へのチャレンジをあきらめてしまう。いまこそ辞めるタイミングだと判断しました」
市交通局を辞めた塩坂さんは、再び教職へのチャレンジを考えたが、「英語スキルを身につけることで違う可能性が開けるかもしれない」という発想から、その年に渡米を果たす。留学の3年間で、最も熱中したのはITに関する勉強だった。特にWebデザインに夢中になったという。アメリカの大学院でWebデザインなどITスキルと英語力を身につけた塩坂さん。2007年の帰国後にトライしたのは、意外にも教職ではなかった。
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